AngelBreath10周年&300000HIT記念 Kasumiの独り言 特選集 6
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人の言葉 |
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自分にとって耳の痛いことを聞かなかったことにしてしまえば、 精神的には楽だけれど、もしかしたらそれは成長するチャンスを逃したことになるかもしれない。 どんな言葉にも耐えられる精神力を養うことは、こどものうちにやっておくと良いのだが、 喧嘩の仕方もわからなくなるくらい事なかれ主義な学校教育において、 そして、本音は隠して表面上は知らない振りをすることの多い世の中で、なかなか難しい。 なーんて、固いな。 とにかく、自分にとっていいことも悪いことも、聞こえちゃうんだけど、 それをどう料理していくかは自分次第、というわけです。 悪く言われたことをその言葉だけがぐるぐるといつまでも心に巣くっていたら具合が悪くなるので、 何故そんなことを言われたか、何故言ったか、という分析を客観的にしてみたり、 とりあえずどこかに置いておく、という逃げ道を造ったりすると良い。 悪くないのに。 と思っていると堂々巡り。 「そういうつもりじゃないのに、そう思われたのには、そういう風に見えたから」なのだと思う。 逆にいいことを言われたら私はいつまでも大事にする。 まるで大きなあめ玉を口の中でころがして楽しむように。 ずっと忘れないでとっておいて、ちょっと落ち込みそうな時にそっと取り出してながめたりする。 言葉の威力というのは発したその人の気持ちの大きさに比例する。 心をこめて言った言葉には力があるのだ。
最近私はいろんな人のいろんな言葉に助けられている。 「そういう時はじっと耐えるんだよ。いつか、全部がスカッと抜ける時がきっと来るから。」 私が尊敬する人が親身になってかけてくれた言葉だ。 「早く良くなりますように、祈ってます。」 決して大げさな感じではなく、でも、心から願ってくれているのがわかる表情で言ってくれたその人、 実はいつもは私が彼女の健康を祈っている人だ。 「絶対巻き返し出来る日が来るから!」 そう力強く言ってくれた人は、恐らく自分を重ねている。 彼女はそうやってつらい時、大変なこと、乗り切って来たのだと思う。 ありがたいな、と思う。 こういう言葉の数々は、水が流れるが如く、心にスッとしみいるのだ。 きれいごとでも、つくりごとでもない、きれいな気持ちのかたまりは、いつも私にパワーをくれる。 例え叱られたとしても、だ。
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私は未熟な人間で、いつも人に優しくしたいと思っていても、できない時があります。
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心を食べる妖精 |
| あるところに人の心を食べる妖精がいました。 清らかな心はとても美味しくて、意地悪だったり憎しみを持った心は二度と口にしたくないくらい、 とてもまずいのです。 けれど、良い香りで美味しい清い心を食べれば食べるほど、清い心の持ち主が減ってしまいます。 吐いてしまうほどまずい悪意に満ちた心をたくさん食べてしまえば、世の中には憎しみが減るでしょう。 あなたがその妖精だったらどちらを食べて生きますか?
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きれいなものが好き |
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きれいなもの、かわいいものが好きだといつも言っている。 実際に、そういうものに囲まれて暮らしていくのを心がけている。 先日ある生徒が怪我をした。 転んでしまって顔にもちょっと目立つかさぶたが出来ていて、彼女いわく、 「かすみ先生はきれいなものが好きだから、こんなキタナイ顔見せられない」 だから稽古を休もうかと思ったんだけど、体は動くし、やっぱりお稽古したいので来ました、と。 そんなことを本気で思ってくれるそんなあなたの気持ちがきれい、と思った。 きたなくないよ。 顔にかさぶたなんか、こどもみたいで、かわいいよ。 私はかわいいものも大好きです。 |
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クリスマスケーキと終業式 |
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小学生の時の話。 2学期の一番最後の日、成績表をもらったあとに長室に呼ばれた。 クラスでもう一人私の他に呼ばれたのがMちゃんだったので、私はははぁ〜ん、と思った。 校長室に入ると何人かの生徒が居心地悪そうに立っていた。 部屋の中には新聞紙に包まれた箱がいくつもおいてある。 校長先生が来て、その新聞紙の箱を私たちに一つずつくれた。 みんな、小さな声でありがとうございましたといって、そそくさと校長室を出た。 私にはそれがなんなのか、分かっていたから、いつも一緒に帰っていた友達が教室で待っていて 「何?それ」 と聞いてくるのがイヤでたまらなかった。 「知らない」 そう言ってわざと乱暴にブンブン振り回して帰った。 これはケーキなんかじゃない。 片親しかいない子への慰めのケーキなんかじゃない。 特別扱いなんかして欲しくなかった。 家に帰ると新聞紙をバリバリ破って箱を開けた。 白いクリームが箱の中で案の定ぐちゃぐちゃになっていたのを見て「ざまあみろ」と思った。 それを弟と一緒に食べたかどうかは覚えていない。 でも、終業式になるとそのことを思い出す。 もうサンタが来なくなったくんくんが「靴下置いておこう」と言うので 「え?来るの?サンタ」と言ったら「夢をもらうんだよ」だって。 そうでなくちゃね。
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サリーちゃん |
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いつの間にか再放送もやらなくなってしまったサリーちゃん。 子どもの頃、いつも見ていた。 何が好きかって、お城のような家とお姫様なのがいい。 でもあのおばさんパーマの頭だけはどうも好きになれなかった。 一番印象に残っているのは「ポニーの花園」だ。 インド人みたいな転校生ポニーがお友達を作りたくて花の種を校庭の花壇にまくのだけれど、 なかなか咲かず、ポニーの心臓手術かなにかの最中に、雨の中サリーちゃんたちが花の芽を守る。 ポニーが車いすで登校してきたときに、校庭中花が一杯に咲き、友達が校舎の窓から手を振っている といった感動的なストーリー。
それからカブとポロンがいんちきでくじ引きでカラーTVを当てて(この辺、時代が反映) それをリヤカーで返しに行くもの。 途中で奈良の大仏様が力尽きて倒れた二人を手のひらに乗せて運んでくれる。
役決めの為に美人コンテストでサリーちゃんと誰かが競う回もサリーちゃんのドレス姿が見られて良かった。 「この鼻がもう少し高ければ」と嘆いているとピノキオのような鼻になってしまう。
魔法使いは本を読んではいけなくて、「たけくらべ」に没頭したサリーちゃんは物語の中に入り込んでしまう。 カブがしじみ売りになって助けに来るんだ。そんな話もあったな。
最終回のサリーちゃんが天に帰っていくのもかぐや姫みたいで良かったな。 火事を消し止めて魔法使いがばれるんだよね。 そう言う時だけ出てくるボーイフレンドの男の子がいたっけ。
よっちゃんの亡くなったお母さんが空の雲を編んでるのも良かった。 絵に描いたような貧乏な家族だったけど、そういうのにめげてないよっちゃんや三つ子が 今思えばいじらしい。 一番家族の絆が固く、愛に溢れている家庭はよっちゃんの家だった。 子どもの頃はすみれちゃんが好きだったけど、(髪も長いし、美人だし)医者の娘で わがままな割にあまり自己主張のない子だったな。 子どもの頃はそういうことに気付けなかった。 サリーちゃんだって相当のわがまま娘だ。パパが怒るのも無理はない。 すぐに泣くし。 でも何故かいつも見ていた。 もう一度、オリジナルのサリーちゃんを(リメイクされてレッグウォーマーしてるサリーちゃんじゃなく) ぜひとも見たいものだ。
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漬け物売り |
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もうかなり昔の話になるけど、つらかったバイトの一つに「漬け物売り」がある。 日払いで、歩合だったので、頑張ればその日のうちにお金が入るというわけで、 不安はあったものの、最初は意気込んで行った。 でも、仕事の内容を聞いた時に、これはキビシイな、と思った。 一軒一軒訪ねていって、漬け物を買ってもらうのだけど、青森から来た振りをしなければならず、 それがイヤだった。 いろんな嘘があるけど、そういうのはダメな嘘だ。 今だったらはっきりイヤだと言って帰れるけど、あの頃はそんなことは出来なかった。 友人と二人だったのだけど、仕方なしにおじさんについて3人でまわった。 おじさんが売り方の見本を示してくれるのだ。 しかし、売れなかった。 急に家に来て、漬け物が売れるはずがない。 まったく売れないままお昼の時間になり、ご飯を食べた。 おじさんが払ってくれたかどうか記憶にない。 午後になり、私と友人は一人ずつに別れて売り歩くことになった。 商売をやっているお家の人は断り方がとてもやさしい。 物を売るということがどういうことか、身にしみてわかっているからだと思う。 お肉屋さんで一袋買ってくれた。たぶん同情票だと思う。 おじさんがいなくなって、私一人になったら「青森から来ました」という台詞は抜いていた。 夕方になり、あるお宅で、お兄さんが 「ああ、自分もそういうバイトやってたから分かるよ、つらいよね」 と申し訳なさそうに断られて、涙が出た。 心が折れている時にやさしいことを言われると、しみる。 その家を最後に、もうこのバイトは今日限りで辞めようと思った。 おじさんの店に帰ると友人も戻ってきて、彼女は一つも売れなかったといってしょげていた。 交通費をかけてものすごく遠いところまで行って、日払いで漬け物一袋分の歩合をもらい、 かなりな赤字になって、一日が終わった。 とてもつらかったけど、今思えば、そんなどん底生活があったからこそ、 いろんなことがへっちゃらなのだ。 そして、人の情けとか、世の中の嘘とか、真実とか、ちょっとだけ勉強したのだと思う。 そんなわけで、私は逆境に強い。 若い時の苦労はお金を払ってでもしろ、というけれど、本当にそうだと思う。 大人になっても苦労がなくなるわけではないから、経験値を上げておくのだ。
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荷物持ち |
| 自分の荷物は自分で持つ。 それは当たり前のことだと思うのだけど、彼氏に自分のバッグを持たせる女の子もいる。 重い物を買ってしまって、それを持ってもらうならアリ。 自分でもすると思うし、逆に連れの女の子が重そうな荷物を持っているのに知らん顔してる男の子がいたら、 ナイト精神に欠けるな、と思う。 それが他人度が高い間柄だったら、持っていただくのは気が引けるけど。 でも、普通に、自分の私物であるバッグを持たせるというのは、私はそんな男は軟弱でやだなと思う。 何がイヤかって、トータルファッション的によろしくない。 せっかくジャケットや靴、髪型まで考えていても、花のついた、またはリボンのついた女の子バッグを 持っていたらぶちこわしである。 女の子だって、その日のコーディネイトに合わせてバッグを決めているだろうに。
それはさておき、私が一番ダメダメだな、と思うのはこどものカバンを持つ親である。 電車で私立の幼稚園に通っている子は今のご時世、多いと思うが、付き添いの親がカバンを持って 上げているのを良く見る。 幼稚園バッグなど重さはたかが知れているし、幼児が持つことを考慮して考えられているはず。 なのに、何故持たせないのだろう? 自分はもう赤ちゃんじゃないんだぞ、幼稚園生なんだ、という自覚を持たせるためにも。 そんなことで甘やかしてどうするんだ、と思っていると、そういう親子に限って電車の座席が 空くと、こどもが先に座る。 席が空いていないと「疲れた〜」と言ってだだをこねている。 座っている大人たちはまるで幼児に冷たい人みたいな感じになる。 眠っちゃった幼児を抱っこしたお母さんは席を譲られるべきであるが、 自分の足で立っていられるこどもは立ってなさい、と思う。 中学生くらいになってコンビニや道ばたで座り込むこどもはこういう下地があってそうなるべくして育っている。 こどもの持つべき荷物を持ってあげるのは、思いやりでも躾でもなんでもない、と私は思う。 みんな、背中に自分が背負えるだけの荷物を背負って生きている。 こどもも大人も。 その人が背負えると思うから、その荷物の重さになっている。 自分を知らなさすぎると、自分から背負い込んで、重みにつぶされてしまう。 だから、自分の力を知る、力をつけるという意味から、こどもの荷物は持たせるべきである。
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| 雑貨屋さん |
| もしも踊っていなかったら雑貨屋さんになりたいと思う。 子供の夢と一緒で、ある時はお味噌やさんだったりある時は紅茶専門店だったりするのだけど、 雑貨屋さんも憧れの一つ。
アクリルペイントで自分で絵を描いたプレートや瓶、缶。 レースやお花たち。 香りのものもたくさん集めてかごに入れたい。 暮らしの素敵なアイディアを集めた洋書とか絵がとてもきれいなお花の本とか。 種から育てたお花たちも並べようかな。 お店番をしているだけで幸せになれそうだ。 クリスマスの時季にはアメリカでangelやスノーベイビー達を仕入れてこよう。 お庭に飾るライトもね。 フェアリーのコーナーも作るよ。そこで暮らしているかのように。
さあ、いらっしゃいませ。 空想のお店が開店しました。
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